● アフガニスタンの民族
パシュトゥーン族の人々(カブール近郊の村にて)
トルクメンの女性(トルクメニスタンにて)
キルギスの女性(キルギスタンにて)
アフガニスタンには、さまざまな民族が居住しています。もともとしっかりした人口調査が実施されていない上、度重なる戦乱、干ばつによる死亡や難民化で確かな数字は誰も把握していませんが、パシュトゥーン人が40‐44%、続いてタージーク人25%、ハザーラ人の10‐20%、そしてウズベク人6-8%、その他ファールスィー、アイマーク、バローチ、トルクメン、ケルゲズ(キルギス)、ヌーリスターニー、キズィルバーシュ、モゴールなどの少数民族となっています。パシュトゥーン人は、ドゥッラーニー族とギルザイ族が歴史的にも反目しあう2大勢力となっています。
上へ戻る● パシュトゥーン
アフガニスタンの支配民族。人種はコーカソイドの白人で、黒髪で皮膚が浅黒い地中海人種に属する。インド・ヨーロッパ語族で、ペルシア語派ではあってもペルシア語とは少し異なるパシュトゥー語を話す。アフガニスタンの南部と東部を中心にあらゆる主要都市に住む。スンナ派イスラームを信奉。英領インドからはパターン人、ペルシアからはアフガーン人と呼ばれる。もとはインダス川の西岸に沿って走るスレイマーン山脈の山岳民だったが、14世紀以降イスラームに改宗、インドやペルシアの傭兵としてアフガニスタンに派兵されたのがアフガーン人のはじまり。ジルガと呼ばれる長老会議で物事の裁断を行ってきた習慣が、国会に相当する国民大会議(ローヤ・ジルガ)の制度に引き継がれている。
上へ戻る● ウズベク
トルコ系で、トルコ語方言のウズベキー語を話す。バクトリア地方の北中央部に住むスンナ派ムスリム。ウズベクの名称は、キプチャク・ハーン国(1243-1480)の支配者のひとりウズベク・ハーン(1313-40在位)に由来。南ロシアのキプチャク草原の遊牧民であったが、キプチャク・ハーン国の崩壊とともに南下し16世紀初め中央アジアを占領、ブハーラー・ハーン国などを建国し、一部はアム・ダリアを越えバルフ西方に小ハーン国をつくった。また、ロシア革命の際、バスマチ(自由戦士)として抵抗を続けたウズベク人約50万人が北部アフガニスタンに移動した。
上へ戻る● タージーク
パシュトゥーンと同じインド・ヨーロッパ語族だが、ペルシア語の方言ともいえるダリー語を話す。北東部バダフシャーン地方に居住し、スンナ派が中心。9-10世紀サーマン朝の時代にペルシア語を採用してタージーク語による文化を発達させた。タージークとはペルシア語の「タージーク=馬に乗って駆ける者」に由来。東洋史の大食(タージー)として知られる。アム・ダリアの古代バクトリア人、ソグド人、サカ族などを遠祖とする。
上へ戻る● ハザーラ
トルコ・モンゴル系で、形質的にモンゴロイド的特徴が顕著。ダリー語の方言であるハザーラギー語を話す。中部山岳地帯、ハザーラジャート地方に住み、シーア派十二イマーム派が中心だが、イスマーイール派やスンナ派もいる。13-4世紀のトルコ・モンゴル系諸族の南下による子孫といわれる。ハザーラとは、モンゴル軍を編成する「千騎部隊」の「千=ペルシア語でハザール」からきているという説がある。
上へ戻る● トルクメン
トルコ系でトルコ語方言を話す。8世紀頃モンゴル高原から移動を始め、10世紀頃アラル海周辺で遊牧生活をしていたオグズ族の末裔といわれている。北西部トルクメニスタンとの国境付近に住み、スンナ派。エルサリ族は数百年前から住むが、サリーク、テッケ族は、その後ロシアの迫害から逃れるために移住してきたといわれる。
上へ戻る● アイマーク
チャハール・アイマーク(4つの遊牧民)として知られるように、タイマニ、フィルズクーヒ、アイマーク・ハザーラ、ジャムシーディーの4つの部族からなる非公式な連合体である。西部ゴール地方に住み、スンナ派である。アイマーク・ハザーラは、スンナ派であることから、他のハザーラとは区別される。
上へ戻る● バローチ
ペルシア語でバルーチ。コーカソイドだが、起源は単一ではないといわれる。ペルシア語系のバローチ語を話す。南西部に住むスンナ派ムスリム。マシュワニー族やドフタリ・ガズィー族がヘラート周辺で絨毯をつくる。
上へ戻る● ケルゲス
キルギスとして知られる。ダリー語でケルゲズ。トルコ・モンゴル系で、キプチャク・トルコ語の方言を話す。北東部に住むスンナ派ムスリムだが、内戦でそのほとんどがパキスタン、トルコに移住したといわれる。
上へ戻る● ヌーリスターニー
ヌーリスターンとは、光の土地の意で、かつてターフィリスターンと呼ばれていた東部クナール川流域(ジャラーラーバードの北)。ヌーリスターニーはヌーリスターンに住む人を指す。インド・ヨーロッパ語族で、カーフィリ語を話す。カーフェルとは異教徒を意味するペルシア語で、19世紀になってスンナ派に改宗、その折ヌーリスターンに改名された。住居や日用品に木を用い、碧眼赤髪あるいは金髪で白人の容貌をもつ。アレキサンドロス軍の子孫だという説もある。
上へ戻る● キズィルバーシュ
インド・ヨーロッパ語族のダリー語を話す。キズィルバーシュとは、トルコ語のクズル・バシュ(赤頭)で、着用していた赤い帽子(ターバン)からこの名がある。もとはサファヴィー朝を建国したアゼルバイジャンのトルコ系トルクメン人部隊で、サファヴィー朝時代やナーディル・シャー支配時代の官僚・軍人の子孫が、そのまま都市部を中心に残っている。シーア派を信奉する。
上へ戻る● モゴール
モンゴル系で、スンナ派のムスリム。中央部西寄りのゴール地方に住む。祖先はイル・ハーン国の将軍のひとりニクダル・オグラン配下のモンゴル族将兵といわれる。かつてはモゴール語だったが、いまはダリー語でモンゴル語の借用が多い。
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